Kanto Gakuin University Ori Akemi Seminar

Column織朱實が日々感じたことをつづっていきます。

風と共に去りぬ雑感(2) (04.10.22)

一方、夢みる夢男のアシュレは、
もちろんのこと、男っぽいとされている
バトラー船長も「自分を自分として認めて
愛して欲しい」というかなり軟弱。
私は、原作でも、映画でもレッド・バトラーには
全然魅力を感じません(全くタイプではないんでしょうね。
映画の荒々しい仕草には一瞬どきっ!とはもちろんしますけど)。
粗野を気取っているけど、娘が生まれて
社交界に受け入れてもらうためお利口にしている
方のバトラー氏の方が本性って感じ。

こう考えてみると、風共の世界は、強いお子様と
弱いお子様のせめぎ合いみたいな世界ですね。
しかし、周りを見回してみれば、今の世の中は
「大人」のはずなのに、「子供」という困ったチャンが
あふれかえっていますよね。
私は、今でも(普通の常識的な社会人のレベルで考えれば)
かなり困った人ではあると思うのですが(我が儘で自己中心的で
短慮)、それでも昔に比べれば「大人」になっているような
(さすがにね。爆)。
でも、いつそうなったのかしら?社会人になったことも、
結婚したことも、子供を産んだことも、それほど大きな契機では
なかったな。う~ん、組織の中で生きていく上で、
どうあがいてもどうにもならない現実があることを、
叩かれて知って、初めて「世の中にはいろんな考え方の人が
いて、それぞれがその人にとっては変えようがない価値観なんだ」と
身をもって感じた、ってところでしょうか?

スカーレットは、自分が頑張りさえすればどうにかなってしまった
ために「大人」(ここでは自分中心的でなく、他人を他人として
認め受け入れる)になる必要がなかったのかも。
「アトランタ脱出」は、自分一人ではどうにもならない現実を
身をもって知る機会だったかもしれませんが、結局ここでも
自分一人で切り開けてしまっているから(よく考えてみれば
戦火の中、産後の病人と子供とを残して一人去るバトラーって
つくづく男として、どうよ?って思いますが)。
で、宝塚版スカーレットでは、最後結局自分の中の子供の部分が
アイデンティとして確立していくわけですね。
この内面のスカーレットが舞台で現れて、
建前をちゃかしていくという演出は面白いですね(私が見たのが
スカーレット版で内面のスカーレット2は登場していなかったので、
この演出は初見です)。

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