Kanto Gakuin University Ori Akemi Seminar

Column織朱實が日々感じたことをつづっていきます。

綺麗な会話しているかな?(05.06.08)

最近、よく見ている大手劇団関係の掲示板に、妄想小説の濡れ場シーンが貼り付けられてちょっとした騒動になっています。ファンの人が、自分のご贔屓さんがネタに使われたのに怒って貼り付けたのだろうと思うけれど。異性愛至上主義者でもなく、妄想話にも小説にも限りない理解を示す
(笑。あらら!自分でも勢いで「もどき」書きますしね。爆)私でも、いきなり、その手のシーンが昼間ご贔屓さんで展開されているのを目にしたら、やはり引きます。ああいうものはコソコソと夜覗いて、どきどきするのが正しい楽しみ方でしょう(笑)。
それぞれ、住み分けてそこで楽しんでいればいいのに、「短気で短慮な人が増えたな~」、っと。
いえいえ(笑)、中学生男子でもあるまいし、そんな隠微な楽しみ方について書きたかったのではなく、文書の一部あるいは会話の一部が切り取られて、晒されることについて書きたかったのです。

小説でも、論文でも、エッセーでも、手紙でも、その中の文章一つだけを取り出され、論評されると辛いものがありますね。全体の流れの中で、その文章を見てもらえれば「解ってもらえる」(はずのものも。笑。まあ、解ってもらえるだけの文章力がなければそれは仕方ないですけどね)、
文章一つだけ晒され、それだけ単独で是非を判断されると苦しいですね。
どんな芸術性の高い作品でも、濡れ場シーンだけ切り出して見させられたら、やはり引くでしょう。
もちろん、仕事として、文章を書く場合にはどこを切り出されても、誤解を生じさせないように、
なるべく明確に分かりやすく、含みがないように、最大限の配慮はしますが、それでも全体の「勢い」をつけるために筆が滑ることは多々あります(あるいは意図的に滑らせることも)。
読んだ人から、思いがけない反応がくると、「あ~!ここだけ、読んで誤解されたな。失敗した!」と反省するのですが、まあ日々これ精進ですわ(涙)。

しかし、こういう騒ぎを見ると、本当に「人に伝える作業」(コミュニケーション)というのは総合芸術だ!と改めて感じます。文書もそうですが(これはこちらの努力である程度改善はできる)、
「会話」や「対話」は場の雰囲気、笑顔、眼差し、手の動き、声の抑揚、柔らかさ、スピード等々、全てが絡まりあって伝えるものだから。その時使った言葉だけ切り取られ、晒されても、伝わらないことが多いですね。
文字にすると「なんてひどいこと!」と思うことも、その場では全然違う雰囲気のものだということはあります。「嫌いだよ」という言葉だって、恋人が甘い口調で上目遣いに言ってきたら、とろけちゃう台詞だし、子供が首に腕を絡めて、「ピーマン食べろっていうんだったら、ママのこと嫌いになっちゃうからね」と笑顔で言ってきたら、これはもう「幸せの光景」(本当にうちの息子は、将来ホスト間違いなしだね。でれでれ~。笑)。でも、「嫌い」という単語だけとりだせばこれ以上冷たい言葉はないですものね。

私は、使う言葉がきつくて、昔はかなり誤解もありました。最近は、大人になったので(笑)、意識して、柔らかい雰囲気を出すようにしているのですが、偽悪的なしゃべり方は癖らしくてどうしても直りません。後で議事録とか、会議メモを見て、「うゎ~!誰、こんな嫌みな発言している女は!」(君だよ!君!)状態です。うーん、その場では、にっこり、ゆっくり話しているので、誤解はない、と思うのですが。話し言葉が、きついのは文章になるとつらいですね。

TV取材でも、1時間の取材で放映は30秒だけ。しかも、「○○は良くない」という一言だけを使われて、趣旨と正反対の主張をされた、と嘆いている人もいました。新聞・雑誌インタビューは、まだ対面なので、雰囲気をつかんでくれる記者さんにあたれば言葉はともかく、ある程度うまくまとめてくれますが。
学生時代インタビュアーのバイトをしていて、その時も話し手の言葉だけでなく、その雰囲気をなんとか記事にいれこみたいと悪戦苦闘していました。相手の言葉を、そのまま使いながらもその時の雰囲気をどう盛り込むか(まさか、「その時、彼女はゆっくりと紅茶に口を付けて、そっと微笑んだ」などと、それこそ少女小説のようなト書きとか入れるわけにもいかず。服装なんかの記述は結構いれていましたが)。それでも、無口でぶっきらぼうな某有名作画監督さんが、「あなたのインタビュー記事良かったよ。うまくまとまっていた」と一言ぼそっといってくれた時は、嬉しかったですね。

やはり、対面は大切です。そして、こう考えると「会話」ってなんと、高度な総合芸術なのかしら。最近、疲れているから、忙しいからといって、人との会話をおざなりにしていないかな。
にっこり微笑んで、相手と視線を絡めて、相手の言葉を全身で受け止めて、楽しい雰囲気で会話のキャッチボールを楽しんでいるかな。ほんの、些細な日常会話でこそ、そういうやりとりが大切ですよね。だって一つだけ切り取られたらこんなに味気なくなってしまう、その場限りの総合芸術の相方を演じているのだから。ちょっと、最近生活全般におざなりで、走っているな、直さないと!と、ネットの騒動を眺めながら、思わず反省してしまう私でした(笑)。

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