Kanto Gakuin University Ori Akemi Seminar

Column織朱實が日々感じたことをつづっていきます。

北京駆け足訪問記(1)1北京今昔その1(05.09.04)

8月1日~7日まで、中国(北京、西安)に行ってきました。初めて北京を訪問したのは、13年ほど前。社会人になっての初めての海外出張でした。その当時の北京は、とにかく雑多な人が入り乱れ、わさわさ、ざわざわ、ひたすら混沌とした喧騒の町でしたね。混沌した中にも、不思議な活気と人とのふれあいがあって、なんともいえない魅力のある町。ちょうど、急激な経済成長がはじまった時期だったので、道路の至る所で信号機の設置工事が行われ(でも、片っ方しかない。笑。そこを朝などはものすごい数の自転車が交通ルール無視でつっきっていっていました。よく、目の前で事故が起こらないものだと、ただひたすら感心)、中国で初めての大型デパートも建設中、空港からの国道も整備中(国際空港も、これまた日本の地方都市なみの空港で、そのままつい~と抜け出れそうな空港でした。笑)。外貨交換も、不慣れで、でホテルで1万円を両替したら、10万円分の元が渡され(私も気が付かなくて、札束が分厚いな~とかは思っていたのですが)、夜中ホテルの部屋に半泣きの両替嬢から電話がかかってきたり。日本なら間違いなく「ごみ」になりそうな、ビニール袋とか、ジュースの空き缶が屋台に並べて売ってあったり、もうとにかく、ごちゃごちゃ。
そんなごちゃごちゃぶりが楽しめるのが朝の風景。ほとんどが共稼ぎなので、朝は男女問わず屋台で、お粥、饅頭、薄煎餅、餃子のようなものを(20-50円くらい)をがやがや掻き込んでいます(みんな早起き!)。果物とかも売っていたりね。私は、油条(TDLのチュロのようなもの)にコンデンスミルクをつけたのがお気に入りになりました♪
最初の何回かは、中国語が堪能な先生に、連れて行っていただいたので、ピータン入りお粥に、にら饅頭などを100円くらいで首尾良く、朝食としてゲット!。ところが、中国語がからっきし駄目な私と同行者で屋台の朝食に挑戦した時には、身振り手振りでも全然通じない(涙)。麻雀用語でいいっていわれていたので、「りゃん!」とかいっていたのが、ますます混乱を深めたのかも?あっという間に、屋台には黒山の人だかり(本当に、中国の人って物見高い。笑)。みんな好き勝手に「あーだ、こーだ」と大声で怒鳴りながら、なんとか助けてくれようとしているのですけど、どんどん事態は混乱するばかり。そんな人山の中で見つけた!知っている顔!こういうときは、後光が射して見えますね(笑)。

「ねえ~、あの人!ホテルで何回か見かけたよね?きっと、同じシンポジウム参加者だよ!あの人に頼んで貰おうよ!」と私。
「お~、そういえば確かにホテルで見た顔だよな!」と同行者。
その顔見知りらしい(?)お兄ちゃんを人山から引っ張り出し(おいおい)、屋台のおじさんと交渉して貰いました。このお兄ちゃんも、英語ができなかったのですが、なんとなくこちらの言いたいことは分かってくれて(1対1なら通じるんです。目で!人山になると混乱するばかりなんですが)、無事朝ご飯にありつけることに~。
ほっとして、座ると、隣の人が食べているものも、「なんだかわかんないけど、美味しそう!」で、「どこで買ったんですか?」とにこにこ顔で質問!(中国ができないのにそんなこと聞こうと思うな!って感じですが。爆)。聞かれた方も、「あ!いいよ!食べたいの?あげる」って感じ。すると、たちまち別のテーブルからも「これも食べてご覧!」「こっちも美味しいよ!」(多分。笑)ってこれまた、あっという間にてんこ盛りの饅頭や中国パンに煎餅。
「...なんか、昼ご飯分くらいありますね。」
「○○さん(私の本名)が、物欲しそうにしてるから...。いいや、帰ったらみんなにあげようや」
ということで、100円で昼ごはんまで入手してしまった私たち。
「しかし、あの兄さん、確かにホテルで見かけた顔だったんだけど、誰だったのかな?」
「英語がからっきし、ということは、シンポジウム参加者ではないだろうし。」
うーん?と頭をひねりながらホテルに帰ると、いました!兄ちゃん!ホテルのドアボーイ君でした。どうりで、見知った顔(笑)。

当時は、一般の人が英語がからっきしだったので、町での会話は筆談が中心(私などはなんども漢字を直されました。恥)。タクシーにのるのも一苦労。
ん、でも「北京動物園に行こう!」(中国語ができなくても、とにかく町中をふらふらしたい私と同行者。3人の珍道中でした)。北京動物園といえば、金糸猿(孫悟空のモデル)とジャイアントパンダ。金糸猿の檻は、簡単にみつかったものの、なぜか中は空っぽ?「じゃ、次はジャイアントパンダだ!ここに『大熊猫』の看板が!」矢印の先には、長蛇の列。やはり、中国でもパンダは人気者なんだ!
んん、みんな小さな小屋に入っていくぞ?え~、これってトイレ?...はい。トイレのための列でした。ジャイアントパンダの檻前は、がらすぎでした(大笑)
てんやわんやでしたが、楽しかったですね。当時、日本では中国の「やせる石鹸」が大ブームで、お土産に買っていって喜ばれました。これが、また見事にお店によって値段が違う!(空港とかホテルとかでなく、普通のお店の間でですよ。隣のお店で10倍くらい価格差があるなんて、かなりむちゃくちゃ)。視察団の中で、いかに「やせる石鹸」の安い店を見つけるかが流行ってしまって、毎朝「あそこの市場の中の店では5元で売っていた!」とか「あちらでは、4個で15元だ!」とか競い合っていましたね(もっとも、私たちのこの熱くなりぶりを、「なんで、石鹸を塗るだけで痩せるんだ?どう考えてもおかしいだろう。説明できるか?」などど冷ややかに見つめている先生もおりましたが。爆)。

埃っぽさと喧騒の中、どこまでも混沌としていた町。そして、そこで、生活している人たちは、どこまでも素朴で、熱かった。大きな声で怒鳴りながら、人との関わり合いも生活も、生きること全てに全力投球、そんな人たちがいた町。いろんな意味で、「戦後の日本のようだ」という人も(町の風景も、人の機微も、人と人との関わり方も)。さて、それから十数年。「北京は、すっごく変わっているよ。10数年ぶりなら驚くでしょう。」といわれながらの北京再訪。どう変わったのでしょうね。ということで、その2に続きます(笑)。

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